【中年名車図鑑|2代目 ホンダ・シティ】トールボーイから一転。低重心&軽量化の2代目が活躍した意外なシーンとは?

車・交通

大貫直次郎

トールボーイの画期的なスタイルで一大ブームを巻き起こした初代シティ。その全面改良を企画するに当たり、開発陣は大胆な方針転換を敢行する――。今回は同じ車名のクルマとは思えないほどの変身ぶりをみせ、ロースタンスに生まれ変わった2代目シティ(1986~1994年)の話題で一席。

 

 


【Vol.99 2代目 ホンダ・シティ】


1981年10月に“トールボーイ”スタイルで華々しくデビューした初代シティ(AA型)。高くて広い室内空間を内包した独特のルックスは、若者層を中心に大人気を博した。ヒット作のフルモデルチェンジは、あまり基本コンセプトを変えない――そんな業界の定説に対し、本田技研工業のエンジニアは大胆な勝負、すなわちマーケットインではなくプロダクトアウトの方策に打って出る。具体的には、高性能と感性の領域を高次元で融合させる“ヒューマンフィッティングテクノロジー”を開発テーマに掲げ、80年代後半のユーザーに適する新しいカタチのコンパクトカーを創出しようとしたのだ。

 

 


新世代コンパクトカーの姿を決めるにあたり、開発陣は①動力性能、走行性能、経済性など機能、効率の徹底追求②運転する人の感覚を尊重し、感性の領域まで満たすクルマづくり、という2つの課題を提示する。その結果で得られたスタイリングは、ロー&ワイドの低重心フォルムにロングホイールベース(従来比+180mmの2400mm)を組み合わせた、初代とは全く異なる車両デザインだった。ただし本田技研工業にとって、このアプローチ方法は未知の設計ではなかった。初代トゥデイや3代目“ワンダー”シビック、3代目アコードなどの開発で培った低重心フォルムの優位性を明確に把握し、絶対の自信を持っていたのである。

 

 


後にクラウチングフォルムと名づけられた次世代シティのエクステリアは、低重心と同時に徹底したフラッシュサーフェスと軽量化が実施される。空気抵抗係数(Cd値)は0.35、揚力係数(Cl値)はいわゆるゼロリフトを実現。ボディサイズは全長3560×全幅1620×全高1335mm、トレッド前1400×後1410mmに設定した。一方で内包するインテリアは、“さわやかで、気持ちよく”をテーマに、ロングホイールベースを活かした広くて快適な居住スペース、ラップラウンド造形のインパネおよびドアトリム、内装全体のフルトリム化などで構成する。また、低いドライビングポジションやサポート性を高めたフロントシート、小径・太グリップの2本スポークステアリングによって、スポーティ感覚のコクピットを演出した。

 

搭載エンジンについては、1カム・16バルブでセンタープラグ方式、軽量で高剛性のアルミロッカーアーム、4連アルミシリンダーブロックなどを導入した新開発のD12A型1237cc直列4気筒OHC16Vユニット(76ps/10.0kg・m)を採用する。トランスミッションには5速MTと電子制御ロックアップ機構付4速ATを用意。懸架機構はフロントにアンチダイブジオメトリーを採用したマクファーソンストラット式を、リアにアンチリフトジオメトリーを取り入れたトレーリングアーム+パナールロッド+トーショナルアクスルビームからなる3リンク式をセットした。

 

 

 

■大胆に変身した2代目の登場

 

 


1986年10月、GAの型式を付けた2代目シティが満を持してデビューする。キャッチフレーズは“才能の、シティ”。グレード展開はシンプルにGG/EE/BBの3タイプとし、車両価格は82万7000円~112万4000円(東京標準価格)に設定した。注目の車重は680~720kg。この軽量ボディに低い重心、さらにワイドトレッドや俊敏に回るエンジンがもたらすパフォーマンスは、ライトウェイトスポーツと呼んでも遜色のない出来栄えだった。また、室内空間は外観から想像するよりもずっと広かった。高さ方向の開放感は先代より劣るものの、タイヤを四隅に配して獲得した前後長は、ひとクラス上のスペースを確保する。さらにフラッシュサーフェス化によって実現した風切り音の少なさも、先代にはない特徴だった。

 

 


走りの性能や快適性に磨きをかけた第2世代のシティ。しかし、人気の面では初代モデルほど脚光を浴びず、販売成績もデビュー当初を除いてそれほど伸びなかった。初代のトールボーイのイメージがあまりにも強すぎた、ルックスがシンプルすぎて存在感が薄かった、中心ユーザーの一角である女性層にウケなかった――理由は色々と挙げられた。


開発陣はテコ入れ策として、シティにさまざまな改良を加えていく。車種としては、女性向けの装備を加えた特別仕様、本革シートと専用ストライプを装着した豪華仕様、後に車名に昇華する充実装備のフィットなどを設定。また、1988年10月にはマイナーチェンジを実施し、D13C型1296cc直列4気筒OHC16Vエンジン(PGM-FI仕様100ps、キャブレター仕様82ps)の搭載や内外装のリフレッシュ、グレード構成の見直し(CZ-i/CR-i/CG/CE/BE)などを敢行した。


開発陣の創意工夫は、しかしあまり成果を得られず、販売成績は低調のまま推移する。そして1994年には販売中止が決定され、一世を風靡したシティの名は国内の新車市場から消滅してしまうのである。

 

 

■真価を発揮したシーンは――


販売や人気の面では初代を凌ぐことができなかった2代目シティだが、あるファン層からは絶大な支持を集めた。低重心で軽量ボディ、さらに路面追従性が高くてハンドリングもいい、しかも車両価格が安め――そんな特性に注目したモータースポーツの愛好家たちである。


2代目シティはジムカーナやダートトライアル、ラリーなどのベースマシンとして活用され、全日本や地方選手権で数々のクラス優勝を成し遂げていく。やがて「モータースポーツでFFの基本を覚えたいなら、GA(2代目シティ)は打ってつけの選択肢」というのが、ベテランから初心者へのアドバイスとして定着するようになった。開発陣の奮闘努力は、結果的にモータースポーツの現場で真価を発揮することとなったのである。
 

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大貫直次郎

1966年型。自動車専門誌や一般誌などの編集記者を経て、クルマ関連を中心としたフリーランスのエディトリアル・ライターに。愛車はポルシェ911カレラ(930)やスバル・サンバー(TT2)のほか、レストア待ちの不動バ...

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