“国民参加型”五輪エンブレムの致命的な失敗

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ちょっと奥さん、ご覧になりました!?

 

アートディレクター・佐野研二郎氏(43)の盗作疑惑による白紙撤回から約7ヵ月経ったつい先日、装いを新たにした五輪エンブレムの最終候補4作が公表された。

 

A. 組市松紋(くみいちまつもん) B. つなぐ輪、広がる和(つなぐわ、ひろがるわ) C. 超える人(こえるひと) D. 晴れやかな顔、花咲く(はれやかなかお、はなさく) ※東京五輪公式HPより

 

そして、それらの中から共同通信が全国の計200人(10〜80代)にアンケートを行った結果、一番人気だったのは「輪」をデザインした作品(31.0% 写真B)で、2位が「あさがお」をイメージした作品(30.0% 写真D )、3位が「市松模様」を特徴的に捉えた作品(20.5% 写真A)、4位が「風神雷神」をモチーフにした作品(18.5% 写真C)……と、じつに微妙な数字がはじき出された。

 

さて。皆さんはこの途中経過報告を目の当たりにして、どのような感想を抱いていることだろう? もしかすると「ああ、コレならサノケンのエンブレムのほうが良かったなあ…」だったりするのではなかろうか?

 

私はぶっちゃけ、そう思っている。さらにはパクリ騒動当時、世間の空気に流され「」(NewsDig)というコラムで、安易に「パクリ前科ができてしまったヒトのつくったアイキャッチが我が国のシンボルになるのは嫌だ」なんて書いてしまったことをとても後悔している。やはり、五輪クラスの大仕事はプロ中のプロフェッショナルに任せて、ある程度“外野”の声はシャットアウトすべきだったのだ。

 

前回選考の応募基準は国際的な広告賞を2回以上受賞した者(デザイン業界では相当ハードルの高い条件であるのだそう)に限っており、104件のみの応募だったのに対し、今回は一般公募で1万4599件が集まったらしい。しかも、候補作についてホームページなどで国民の意見を受け付ける“国民参加型”の選考方法という五輪組織委員会側の大きなアピールポイントが、皮肉にも漫画家のやくみつる氏曰く「抜きんでたものがないという結果は、どれに決まろうが過半数が不満を感じる」というアンニュイな現状を招いてしまったわけである。

 

個の判断で時代を一点突破する──映画監督の園子温氏の著書『非道に生きる』(朝日出版社)に書かれていた言葉だ。

 

大きな組織(=大人数)による判断は、映画の過激さ(=クオリティの突出)を去勢して予定調和なものにしてしまいます。

僕はむしろ「俺が決める」という個人の独断こそが本当に面白い作品をつくると信じています。たしかに、少なくはない予算が組まれたプロジェクトの舵取りをたったひとりの人間(=一部のプロフェッショナル)に任せることには危険性もあります。しかし、協調性を重視しすぎてみんなで腐っていくのなら、個人(=一部のプロフェッショナル)にすべてを託して一点突破する可能性に賭けたほうがいい場合もある。周囲の人間は結果がどこに行くのかを注視すればいいだけで、最初の一任の一手を打てるかどうかなんだと思います。

(『非道に生きる』より)

 

上記抜粋部分の(=)は、私が氏の映画論を一般論にアレンジするために行った補足表記なんだが、こうすると今回の五輪エンブレム騒動の“しょっぱさ”の原因が浮き彫りになってくる。「周囲の人間が結果の行方を注視すること」によって、佐野氏の“パクリ疑惑”が発覚した。それはそれでいい。だが、その後「協調性を重視しすぎて」、“国民参加型”の選考方法を取ってしまったのが致命的な失敗だったのだ。

 

……と、「最初の一任の一手」の不味さを嘆いたところで、時すでに遅し。覆水は盆に返らない。もう、「4つともイマイチなんで、公募を一からやり直しませんか?」とも「この4候補にサノケンエンブレムも加えて国民投票しませんか?」とも提案できない段階にまで事は進んでしまっている。せめて「表現という抽象的な分野を民主的決断に委ねる危険性」を我々は教訓として噛みしめながら、「どれに決まろうが過半数が不満を感じる」に違いない、残念なぼんやり感がただようエンブレムを東京五輪が終わるまで、世界中に発信し続けるしかないのである。

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ネットニュースパトローラー

山田ゴメス

1962年大阪府生まれ B型。 ネットニュースパトローラー(※citrus限定肩書き。たまにスポーツ新聞や週刊誌も。略して「NNP」)。 関西大学経済学部卒業後、大手画材屋勤務を経てフリーランスに。エロからファッショ...

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