芸能人の道楽? なぜ近藤真彦は自動車レースを続けるのか

車・交通

 

近藤真彦の職業はレースチームの監督であり、かつてはレーシングドライバーだったと書くと、異論が出るだろうか。いやいや、歌手であり俳優であり、タレントであり、アイドルだと。


どれも正解だ。レースに特化して最新のプロフィールを紹介すると、2019年は自らの名を冠した「KONDO RACING」のチーム監督を務める。日産/ニスモ(日産自動車100%出資のモータースポーツ部門)陣営の一員として、国内最高峰のツーリングカーレースであるSUPER GTの上位カテゴリー、GT500クラスに1台のNISSAN GT-R NISMO GT500を送り込む。


下位カテゴリーのGT300クラスには、1台のNISSAN GT-R NISMO GT3(2018年モデル)をエントリーさせる。KONDO RACINGは過去7年間にわたり、スーパー耐久シリーズでレース活動を通じた人材育成プロジェクトを行ってきたが、2019年は活動の場をGT300クラスに移すことにした。日産グループの整備専門学校である日産・自動車大学校との合同プロジェクトで、これまでの7年間で約2000人の学生がメカニックのサポートやレース運営などに参画してきた。


2019年はこの活動をさらに強化し、日産・自動車大学校の学生だけでなく、全国の日産自動車販売会社のテクニカルスタッフもメカニックとして参加する。このプロジェクトは、KONDO RACINGを運営するエムケイカンパニーの代表として取り組む。つまり、チーム監督としてではなく経営者としての取り組みだ。


新しいチャレンジはまだある。6月にドイツ・ニュルブルクリンクで開催されるニュルブルクリンク24時間レースに参戦することも決まっている。世界一過酷とも言われるこのレースには、全国の日産グループ販売会社で高性能車の整備を取り扱う「NISMO パフォーマンスセンター」のテクニカルスタッフをチームのメカニックとして派遣する。このプロジェクトは2019~2021年の3ヵ年で計画されており、参戦車両はNISSAN GT-R NISMO GT3(2018年モデル)だ。

 

 

日産づくしであり、育成に力を入れていることがわかる。近藤真彦がレースの世界に足を踏み入れたのは1984年のことだった。1964年7月19日生まれだから、20歳になる年のことである。市販車に最小限の改造を加えて走る「富士フレッシュマンレース」で日産マーチをドライブしたのが初めてのレースだった。1981年にデビューした初代マーチのイメージキャラクターに起用されたのが縁である。このクルマのキャッチコピーは「マッチのマーチ」だった。「マッチのマーチはあたなの街にマッチする」というテレビCMのフレーズを覚えている方もいるだろう。

 

 

■「アイドルでなければならない」という思いに苦しむ


かつて行ったインタビューで近藤真彦は、当時、「自分の進むべき方向性に思い悩んでいた」と若かりし日の頃を振り返った。


「僕は芸能人で、『素敵でいなければいけない』ジャンルにいた。見た目と違って競争が激しい世界。フレッシュな若手がどんどん出てくるなかで『アイドルでいなければならない』という思いと、自分の年齢とのギャップに苦しむことになる。そんな状況でレース場に足を運ぶことになったんです」


元来クルマ好きだったこともあり、近藤真彦は急速にレースの世界に引き付けられていった。そんな近藤を「芸能人の道楽」だとして白い目で見る人もいた。つらい思いもしたが、めげることはなかった。本気でレースに取り組むことで、周囲を黙らせた。根性や若さだけでは勝負できないことも学んだ。

 

 

1988年にフォーミュラの中位カテゴリーである全日本F3選手権にステップアップすると、1994年には世界三大レースのひとつに数えられるル・マン24時間レースに参戦。同年に富士スピードウェイで開催された全日本GT選手権(現SUPER GTの前身)第3戦では、ポール・トゥ・ウィンでキャリア初優勝を飾る。1995年には、国内最高峰フォーミュラの全日本F3000選手権(現スーパーフォーミュラの前身)に参戦した。


KONDO RACINGを設立したのは2000年のことだった。当初はオーナー、チーム監督、ドライバーの3役をこなしたが、次第にオーナー業と監督業に専念するようになった。「ずるずると現役を続けていたら、いつか大けがすると思った。トップクラスのドライバーとして競争してきて命拾いしてきたのだから、止めたいと思ったときにきっぱり止めなければと思った」と説明した。


近藤は、「ドライバーでレース人生を終えていたら、ただの道楽で終わっていた」とも語った。この発言はもう10年も前のことで、それから10年を過ぎてなお、新たな挑戦を続けている。


「常にチャレンジ精神を大切に、プロジェクトを支えていただいている多くの方々の希望と夢とともに、全力で取り組んでいきたいと思います」というのが、最新のコメントだ。日産自動車とともに若い人材(日産とKONDO RACINGは「人財」と表現している)を育成するのが、現在の近藤真彦の姿であり、専念すべき仕事のひとつだ。
 

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モータリングライター&エディター

世良耕太

モータリングライター&エディター。出版社勤務後、独立。F1世界選手権やWEC(世界耐久選手権)を中心としたモータースポーツ、および量産車の技術面を中心に取材・編集・執筆活動を行う。近編著に『トヨタ ル・マン...

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