【今週の大人センテンス】受賞を取り消された亡き娘の写真を公開した父親の想い

話題

 

 

巷には、今日も味わい深いセンテンスがあふれている。そんな中から、大人として着目したい「大人センテンス」をピックアップ。あの手この手で大人の教訓を読み取ってみよう。

 

 

第30回 市は取り消しを取り消したけれど

 

「写真を公表することで、いじめられている子に力を与えたり、勇気づけられたりできれば」by葛西りまさんの父親の剛さん

 

 

【センテンスの生い立ち】

青森市立中2年生の葛西りまさん(当時13歳)が、今年8月、いじめを苦に自ら命を絶った。亡くなる10日前に黒石市の夏祭り「黒石よされ」で踊る彼女を撮影した写真が、祭りの写真コンテストでいったんは「市長賞」に内定。しかし数日後に、一転して内定が取り消された。コンテストの最高賞が「該当なし」と発表された10月17日、父親の剛さんは意図をこう語りながら、受賞するはずだった娘の写真を公開。内定取り消しに対する批判が集まり、19日に黒石市の高樋憲市長は、あらためて市長賞を贈る意向を発表した。

 

 

【3つの大人ポイント】

・悲しみを押し隠して同じ境遇の子たちを思いやっている

・いろんな覚悟をした上で、亡き娘の氏名と写真を公表した

・結果的にいじめや市の対応への痛切な批判になっている

 

 

たしかに、市長をはじめコンテストを主催する側の一連の対応は、まさに「事なかれ主義」という言葉がピッタリ当てはまります。「内定取り消しの取り消し」を発表した記者会見で出てきた言葉も、言い訳がましさにあふれていました。ただ、市長を責めればいい問題かというと、それもちょっと違う気がします。勝手に推測するのはとてもおこがましいのですが、いじめを苦に自らの命を絶った写真の少女も、深い悲しみに包まれている遺族も、本当に反省してほしい相手は別にいるはずです。

 

青森県黒石市の夏祭り「黒石よされ」の写真コンテストで、一度は最高賞に内定した写真が数日後に内定を取り消され、そのことがたくさんの反発や抗議の声を受け、市長があわてて記者会見を開いて「やっぱり賞を贈ります」と発表するというドタバタな出来事がありました。写真の中で明るい笑顔を見せて踊っているのは、中学2年生の葛西りまさん。この写真から10日後、電車に身を投げて亡くなりました。幼少期から手踊りをたしなみ、小学六年生のときには仲間と日本一になっています。

 

コンテストを主催する実行委員会は、賞の候補になった段階で被写体がりまさんであることを知り、遺族や撮影者に了解を取った上で「市長賞」の内定を決めます。しかしその後、審査会内部から異議が出たり、高樋憲市長から「そもそも亡くなった方がメインの写真を表彰、展示するのは、よされまつりを盛り上げるというコンテストの趣旨になじまない」と再考を促す声があったりしたことから、審査員が再協議して内定を取り消してしまいます。

 

葛西さんの両親に受賞の知らせが届いたのは、りまさんの四十九日である10月12日。新聞の記事によると、父親の剛さんは「賞をもらった娘を誇らしく思った。写真を見て家族で涙を流した」とか。しかし、14日になって経緯の説明と取り消しの知らせを受けます。取り消しについては「面倒に巻き込まれたくないからとも感じたが、一度だけでも選んでもらえて感謝している」と話しています。

 

そして17日、市長賞は「該当なし」として、写真コンテストの結果が発表されました。同じ日に、剛さんは「いじめられている子の力になれば」という想いを込めて、撮影者の了承を得た上で、りまさんの氏名と写真を公表します。公表する決断をするにあたっては、どれだけの勇気と覚悟が必要だったことか。もしかしたら、公表したことで心無い誹謗中傷や思いもよらない批判を受けるかもしれません。それでも公表を決めた理由について、葛西さんはこう語っています。

 

「写真には笑顔の娘が写っている。写真を公表することで、いじめられている子に力を与えたり、勇気づけられたりできれば。こんな笑顔の子も、いじめで命を失うという残酷さも伝わってほしい」

 

「娘は私たち家族に『笑っていてほしい』と思って会いに来てくれたのではないか」とも。内定が取り消された詳しい経緯や、写真を公表した葛西剛さんのコメントはこちら。

 

 

「内定取り消し」は多くのテレビ番組でも取り上げられて大きなニュースとなり、黒石市や黒石観光協会には批判の電話やメールが殺到。ネット上でも、どう見ても「面倒を避けた」ようにしか見えない対応に「ひどすぎる」という声があふれます。あわてた市側は、あらためて協議をし直し、19日に高樋憲市長が記者会見を開いて、これまでの経緯を謝罪しつつ、遺族と撮影者の了承を得たうえで、あらためて市長賞を贈ると発表しました。

 

一転して受賞が決まったことに対して、葛西さんは「娘が生きていれば、笑顔で賞を喜ぶことができた。賞が決まったことで『いじめをなくしたい』という娘の願いをかなえたい気持ちが一層強くなった」と語っています。市長の会見については「どういう思いでまた市長賞に決めたのか、説明が足りない気がする」と物足りなさを覚えつつも、賞を受けるかどうかについては「賞は撮影者が受けるもの」として撮影者の意向に従う気持ちを示しました。21日の報道によると、その後、撮影者からは受賞辞退の申し出があったとか。

 

2ヶ月前に娘を亡くして深い悲しみに包まれている剛さんが、娘と同じようにいじめを受けている子どもたちのことを考え、力や勇気を与えたいと強く願う姿勢には、深い感動を禁じ得ません。常に冷静な態度で理性的に対応なさっていることにも、心からの敬意を表します。りまさんをいじめていた同級生たち、いじめを止められなかったまわりの大人たちは、りまさんの写真をどんな思いで見たでしょうか。そして全国各地にいるであろう、今まさにいじめをしたり受けたりしている当事者たちにも、たくさんの大切なメッセージが伝わったに違いありません。

 

市や市長の対応が激しく非難されていますが、仮にそのまま受賞していたとしても、それはそれで批判が集まった可能性はあります。内定を取り消した段階で、実行委担当者が語った「写真を市長賞として発表すれば、写真鑑賞とは違う目的で話題となり、他の出展者に迷惑がかかる。映像が複写され、ネットなどで拡散しかねない」という理由も、百歩譲るスタンスで見れば一理なくはありません。(ほかの出展者のことよりも、りなさんや遺族のことをまず心配するべきではないかとは思いますが、直接聞いたわけではないのでそこは言葉尻の問題かもしれません)。内定取り消しを取り消す決断をするのも、さらに批判されるのは明らかだけに、けっこうな勇気が必要だったでしょう。

 

りまさんが、命を絶つ直前にスマホに残した「遺書」には、こんな言葉が綴られています。

 

「突然でごめんなさい。ストレスでもう生きていけそうにないです。」
「噂流したりそれを信じたりいじめてきたやつら、自分でわかると思います。もう、二度といじめたりしないでください。」
「みんなに迷惑かけるし、悲しむ人も居ないかもしれないくらい生きる価値本当にないし、綺麗な死に方すらできないけど、楽しい時もありました。本当に13年間ありがとうございました。」

 

「もう二度といじめたりしないでください」というりまさんの最後のメッセージ、いじめがなくなってほしい、娘と同じ思いをする子どもがいないようにと願って、悲しみや辛さをこらえて写真や遺書を公開した父親の想いが、広く届いて多くの人の心を揺さぶることを祈らずにはいられません。そして何より、自分自身がしっかり受け止めて、何ができるかを模索しましょう。手始めは、今回の出来事について冷静に考えてみることでしょうか。

 

すっかり「悪者」になっている黒石市や黒石市長を批判するのは、簡単なことです。しかし、そこで留飲を下げたり「いいこと」をした気になっていたりしても、何も変わりません。大きなくくりでいえば、一種のいじめに加担していることになるだけです。関係者はしっかり反省したほうがいいのは当然ですけど、外野である私たちが、目を吊り上げて怒って小さな満足感を得るのはちょっと違うかも。

 

コンテストをめぐるバタバタからは、深く考えていない「事なかれ主義」は、事態をさらにややこしくするという教訓を得られそうです。当事者の気持ちよりも自分の立場や組織の都合を優先させることの愚も、学ぶことができました。万が一、職場でいじめに加担していたり、加担しないまでも見てみぬふりをしていたりする場合は、何をすべきかはハッキリしています。いじめられている場合も、自分を追いつめるのではなく、生きるために逃げる勇気をどうか振り絞ってください。あなたの居場所やあなたの進む道は他にもあります。

 

 

【今週の大人の教訓】

冷静に想いを伝えることによって、秘めた怒りや悔しさが強くにじみ出る

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コラムニスト

石原壮一郎

1963年、三重県生まれ。コラムニスト。月刊誌の編集者を経て、1993年に『大人養成講座』でデビュー。大人の新しい概念と可能性を知らしめ、以来、日本の大人シーンを牽引している。2004年に出版した『大人力検定』は...

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