夕張10年、水俣60年、そして今

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citrus 中川寛子

 

同じ日の新聞に夕張、水俣の記事が掲載されていた。

 

まず、夕張。財政破綻から10年。もう10年というか、まだ10年というか。市民生活は大変なままで、最高の負担、最低のサービスと市民が言うのはその通りなのだろうと思う。

 

そこから何を学ぶか。

 

いろいろあると思うが、たぶん、一番、通ずるところがあるのは、何か、ひとつの政策、交付金や補助金におんぶに抱っこは危険だよというところだろうか。

 

記事の最後に北海道学園大学の西村宣彦准教授がコメントをしている。

 

「ハコモノで地域振興という時代は終わった。人口減少を見通し、原発や交付金に依存せず、地域の魅力を再発掘する。人にお金をかけて、暮らしやすいまちづくりを進めるべきだ」

 

その通りだと思うものの、世の中でも何度も言われているにも関わらず、それは実現されているか、夕張の教訓は生かされているか。

 

水俣病が公式確認されてから明日で60年。記事の中の言葉が問いかける。

 

「排水を止める」「健康被害を調査する」などの対策を怠った政府や産業界を支えたのは、実は市民の意識だった。公式確認から三年たって「(原因企業の)チッソの工場を止めないでくれ」という知事への陳情に、市民が行くんですね。当時、市税の半分はチッソから。市長や市議会や商工会議所が、市民の大多数の賛同で行った(熊本日日新聞論説主幹・高峰武さん)

 

水俣湾には高濃度の水銀ヘドロ151万㎥が無処理で埋め立てられているそうだ。遮蔽する鋼矢板の耐用年数は50年とされたものの、県は2050年まで可能としているそうだ。活断層が集中する水俣湾である。それだけでも危険だと思うが、そこに都合に合わせて延びる耐用年数。この構図はどこかで最近見た気がする。

 

夕張10年、水俣60年。

 

それぞれに異なるようでいて、どこか根っこは繋がっているような2つの出来事。

 

それなりに長い年月を経てはいるが、そこに学びはあったか。

 

自戒する。

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中川寛子

住まいと街の解説者。東京生まれの東京育ち。中高の頃は自転車で、現在は徒歩で首都圏を隈なく歩き回る不動産オタク。子どもの頃から歯を磨くより作文を書く方が楽と言い切り、現在もヒマがあると何か書いているか、読んでいる。おかげさまで原稿書きで細々と生計を立てている。所属学会/日本地理学会、日本地形学連合、東京スリバチ学会

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