60年代の日本車が人気だ──ナイフのようなクルマが欲しい

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昨今の流行りはなぜか「郷愁」。ゴハンも歌もアイドルもノスタルジーを感じさせるものがメディアに出てくる。クルマと社会の交差点にある「クルマ文化」にストップかゴーの判定を下す好評連載。今回のテーマは古いクルマの人気について。

 

2016年に50周年を迎えたトヨタ カローラ(66年の初代)


このところ古いクルマが人気のようだ。いや、いまに始まったことではないか。このところしばらく続いているというべきかも。欧米では夏になるとクラシックカーのイベントが目白押しになるほどで、ずっと前からクラシックカーというのは、ひとつの自動車の楽しみとして確立されている。日本での古いクルマ人気には、彼我で共通するところもあるのだけれど、まったく違うようにも感じるところもかなりある。

 

日本独自だなあと思うのは、国際的な評価の高いクルマよりも、僕たちがともに育ってきたような60年代、70年代の日本車の人気ぶりだ。トヨタ 2000GT(67年)とかダットサン ブルーバード(同年)とか日産 フェアレディZ(69年)とかいすゞ 117クーペ(同年)がいいというのはわかる。でも僕が仕事をしているメディアの編集者などはスバル 360(58年)や三菱 500(60年)のような、欧米でいうところの“虫”などが読者のウケがいいという。

 

眼を海外に転じてみると2016年はフォード GTが7リッターのエンジン搭載のマークIIでルマン24時間レースの優勝を飾って50周年とか、ランボルギーニが350馬力の3.9リッターV型12気筒エンジンをミドシップしたとか、古いクルマで節目があった。でもオーナーやファンが集まり、おおいに盛り上がっていたものだ。

 

日本でも60馬力の1.1リッターエンジン搭載のトヨタ カローラが発売されて50周年だった。フォード GTとカローラ、大きく違うものだ。米フォードモーターカンパニーを率いるヘンリー・フォード二世が買収をめぐってエンツォ・フェラーリからこけにされたことに立腹し、ルマンでフェラーリをたたきのめしてやる、と湯水のごとく金をつかったプロジェクトを遂行したのがフォード GT。かたや装備と性能をうまくバランスさせサラリーマンにも買いやすいところを狙ったのがカローラだ。同じ年の出来事なのだから感慨ぶかい。

 

欧米ではカローラ50周年でどれだけ盛り上がったのかわからない。カローラの横で略礼服とか肩出しのドレスによる高価なシャンパンでのお祝いはあまり似合わないかんじはある。でも東京のMEGA WEBトヨタシティショウケースで10月に開かれたお祝いイベントはけっこう盛り上がったようだ。僕は出張と重なって顔を出せなかったのが残念だが、「とても楽しかった」と言う自動車ジャーナリストの声を聞いた。

 

古い日本車の人気の理由はそこにあるのではないだろうか。

 

60年代の日本車に僕たちが惹かれるのはなぜか。ひとによっては郷愁もあるだろう。クラシックカー購入動機として“当時乗れなかった憧れ”というのはよく聞く話である。60年代に少年時代をすごしたオジサンたちなら、高度成長期の波に乗ってサラリーマンの年収は上がっていき、歩を合わせるようにクルマの車体は大きく、装備は豪華に、そして性能は向上していったのをおぼえているはずだ。

 

古い日本車でおもしろいのは質素であることだ。欧米のクルマと決定的に違うのはここである。欧州車を例にとっても、60年代のクルマは今とは較べものにならないぐらい、金と手間をかけて作られているかんじなのだ。高級車は工芸品のようだし、ミドルクラス向けのクルマでもシートの出来のよさは現在の高級車でもかなわないほど。日本車はというと鉄板は薄く、シートはビニールに毛の生えたようなPVC張りがせいぜいである。

 

日本車は、それではダメじゃないかというと、じつはそれを含めて魅力があるように僕は思う。端的にいうと原初的な自動車の魅力を備えているのだ。それはスピードとパッケージング。たくさんひとを載せて速く走るためにいいものを作るという技術者の目的がじつに明確だ。スタイリストが仕事をしすぎていることもない。一部の富裕層向けのトヨタ 2000GTのようないいクルマも生まれたけれど、レースにも出たい若者のためにGTと名づけたクルマを作ったりしたように、メーカーの考えが消費者の気持ちとぴったり合っていた。それがいまもわかるところが美点だと僕は思う。極端にいえばいいスポーツカーで乗るひとを楽しませたいというフェラーリやポルシェの人気がそれゆえ衰えないのと似ているのかなと思ったりする。

 

作りが質素なのは出来るだけ安価にクルマを作ることが至上命題だったためしようがないのかもしれない。でもコンパクトな車体にシンプルな仕上げというのもまた今の気分にしっくりくるのも事実。同時代的にこれからのクルマを体験していない若いひとがあえて60年代の日本車に乗ったりするのは、そんなところに惹かれたりするのでないだろうか。

 

僕が思い出すのは、欧州で生まれ米国で活躍したデザイン史家ビクター・パパネックによる名著「生きるのびるためのデザイン」だ。そのなかで著者は米国で開発されるキッチンプロダクトが収益性優先するため不必要なほどおおがかりなもの、たとえばフードプロセッサーを開発することを批判。「最高の料理用ナイフを完成する」ことの歓びのほうが大きいはずとしている。

 

60年代の日本車が思い出させてくれるのは、そういうことなのだ。自動車には安全性や低公害性という重要な要素もあるので最高かどうかは意見の分かれるところもあるけれど、シンプルでいいものが欲しいという気持ちを僕たちはずっと持ち続けている。ここではカローラの50周年にお祝いをいいつつクルマのよき未来へつながることを祈って、古いクルマが好きだという気持ちを持ち続けることに「GO」を。

 

2016年に50周年を迎えたトヨタ カローラ(66年の初代)

 

67年に510型として登場したダットサン ブルーバード1600SSS

 

66年に発表されパワフルなエンジンとスポーティなサスペンションとクロースレシオのギアボックスで一躍人気になった“ベレジー”こと、いすゞベレット1600GT

 

富士重工業が航空機の理論を応用しつつ開発したスバル360(1958年)は、比較的廉価な“国民車”として登場したが60年代にはスポーティな仕様が増える

 

4人が乗れるパッケージと当時世界最小の4気筒といわれたオールアルミニウム製358ccユニットをリアに搭載したマツダ キャロル360(写真は63年に追加された4ドア)

 

日野自動車のコンテッサ1300(1964年)は、ミケロッティのスタイリングが特徴的で人気もあったが、同車とトヨタ自動車の合併により67年に生産中止に

 

日産フェアレディZ(1969年)は、米国市場を意識した流麗なファストバックボディが美しくいまでも魅力的

 

三菱自動車にとって初の自社開発である500(1960年)は、小型で廉価なクルマをという通産省(当時)のオーダーに応えたものといい空冷2気筒をリアに搭載し全輪独立懸架方式採用

 

個人オーナーを意識しはじめた3代目トヨペットクラウン(1967年発表)に設定されたハードトップ

 

当時若者に人気のあったカテゴリーであるスポーティな軽自動車の中でもジウジアーロデザインで気を吐いていたスズキ フロンテクーペ(1971年)

 

スペシャルティ軽のカテゴリーに登場した2ドアクーペ的スタイリングを特徴とするホンダZ(1970年)

 

スバル360に代わるモデルとして富士重が発売したスバルR2(1969年)

 

日初のロータリーエンジン車はマツダ コスモスポーツ(1967年)で価格は148万円と高価だったが人気は高かった

 

2リッター直列6気筒エンジン搭載の歴史的なスポーツモデルがトヨタ2000GT(1967年)

 

1966年にスバル1000として1リッターの水平対向4気筒エンジン搭載の前輪駆動という画期的なメカニズムで登場

 

マツダ ルーチェロータリークーペ(1969年)は、全長4.6m近い余裕あるサイズの車体にロータリーエンジン搭載の豪華な2ドアクーペだった

 

トヨタ コロナ マークII(1968年)はコロナとクラウンの間を埋めるモデルとして開発された

 

2輪で世界的な名声を獲得しつつあった本田技研の初の乗用車が1963年の2座スポーツカー「エス」であった(写真は68年のS800M)

 

ダイハツ工業の初のヒットが(乗用車とはいいにくいが)57年の軽三輪トラック、ミゼットだった

 

(文・小川フミオ)

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